――― 仕事が終わったら家に来て欲しい、というメールを受けてから数時間後。
彼女の家の扉を開けた私の目の前に、信じられない物が差し出された。

「・・・」

「お誕生日おめでとう!直江さん!!」



それは彼女の顔が隠れてしまうほどの ――― 
真っ赤な薔薇の花束



プレゼントとして渡し慣れている物が突然目の前に現れた事に驚き躊躇していると、その花束の影から愛しい彼女の顔が現れた。

「・・・直江さん?」

「・・・すみません。突然だったので驚いてしまいました。」

「良かった。ひょっとして嫌なのかなぁって思っちゃって・・・」

が私の為に用意してくれた物に、嫌なものなんてひとつもありませんよ。」

「・・・もぅ、口上手いんだから。」

照れ隠しのように手に持っていた花束を私の手に預けると、そのままクルリと背を向け部屋に向かう。
残された私も戸締りをキチンと確認してから、靴を脱ぎ彼女の後を追った。










部屋に入った私の目に飛び込んで来たのは、綺麗に整えられたテーブルと良く冷やされたワイン。先に部屋に入ったの姿は無く、声だけが台所から聞こえてきた。

「ごめん!今、用意するから座って待っててくれる?」

「・・・」

彼女の申し出に従い、いつも座る席へ回り込むと・・・そこにメッセージカードがさり気なく置かれていた。



お誕生日おめでとう!
どんな形であれ、貴方と出会えたこの『時』が私の一番の幸福です。
私が感じる幸せを貴方へあげられればいいけれど、それは難しいので
せめて『今日』を楽しんで貰えると嬉しいな。



小さなカードに込められたの想いが、心に沁みる。
今日という日は宿体である『橘義明』の誕生した日でしかない。
本当の自分の生誕の日など、当に忘れてしまった。
けれど彼女が・・・祝う『今』日は・・・確かに、彼女と過している『自分』が誕生した日だ。

「もう少しで用意出来るからっ!」

「・・・あぁ」

必死な様子の彼女へ取り敢えず相槌を打ちながら、熱くなった目頭を押さえる。



――― 愛しくて、愛しくてどうにかなってしまいそうだ



そんな想いに駆られながら、可愛らしい文字で書かれたカードを懐へしまいかけてその手を止める。
もしも何かの拍子に折れてしまえば、彼女の想いも曲がってしまう・・・そんな気がして、逆側に入っていた財布にカードを滑り込ませ、財布を大切に懐へ戻す。
そのまま上着を脱いで椅子の背にかけると、の手伝いをすべくネクタイを緩め、腕のボタンを外しながら静かに台所へ足を進めた。
台所ではシチューの鍋の前で、首を傾げながら味見をしているエプロン姿のがいた。

「ん〜・・・何が足りないんだろう?」

気づかれないよう背後に近づき、彼女の耳元へそっと囁きかける。

「何かお手伝いする事はありますか?」
「うひゃぁっ!?」

予想通り、彼女は体全体を震わせ、持っていたお玉を鍋の中へ落下させてしまった。

「あああっ・・・って言うか、耳元はダメだって何度も言ってるのに!」

「すみません、あまりにが可愛らしい格好をしていたので・・・」

先程の囁きで耳まで赤くなったが振り向き、自分の格好を確認している。

「可愛い?って何が?」

ですよ。」

「・・・いや、それは違うと思う。」

「違いませんよ。だってほら、いつもはエプロンなんてしないじゃないですか。」

エプロンの肩の紐を指でトンッとつつくと、は納得したように頷いてから鍋に落としてしまったお玉の存在を思い出し再び鍋へ手を伸ばした。

「今日だけは洋服汚したくなかったから、エプロンつけたの・・・っと、取れた。もう驚かせないでね?」

「分かりました。」

くすくす笑いながらが持っている汚れてしまったお玉をさっと水で洗い、彼女へ手渡す。

「ありがとう。」

「どう致しまして。」

再びシチューに調味料を加え、小皿へ少量取って味見する様子を今度は何もせず、後ろから眺める。
今度もやはり何か納得いかないのか、が再び首を傾げてしまった。

「・・・」

その仕草がとても愛らしくて、思わず笑みが零れる。
何にでも一生懸命で相手を喜ばせるのに必死なその姿を、愛しく思わない者はいない。
無意識に伸ばした手がの肩に触れそうになった瞬間、彼女がくるりとこちらを向いた。

「直江さん、味見してくれる?」

「・・・味見、ですか?」

「うん。何か足りないと思うんだけど、それが何か分からなくて・・・」

「貴女が作って下さった料理に足りない物なんてありませんよ?」

「・・・いつもそう言ってくれるけど、今日だけは絶対美味しいの作りたいの!だから、ね?お願い!!」

パンッと両手を合わせて頭を下げたを見て、ふとある事を思いついた。

「・・・分かりました。」

「じゃぁ・・・」

小皿を差し出そうとした手をそのままカウンター上で押さえ、もう片方の手での顎に指をかけて上を向かせる。

「・・・え?」

「では、味見させて頂きます。」

「ちょっ、待っ・・・」

何か言おうと開いた唇を塞ぎ、そのまま彼女の口内を味わう。
深いコクと微かなシチューの香り・・・そしてそれよりも甘い、彼女の吐息。





貴女の望む続きは・・・
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